こんばんは。

次は大天守へ
途中の展示物は残念だけど、全部パス

熊本城 天守閣
茶臼山の最高所、標高50mの天守台に築かれ、大小2つの天守からなります。
大天守は外観3層内部6階地下1階で、石垣の上に大根太を張り出して建物がその上に乗り
どっしりした印象を与えます。四面に優雅に反った千鳥破風(ちどりはふ)を配し
最上階の南北には唐破風(からはふ)を据えています。
内部は戦闘に備えた部屋割りとなっており、明治初年に天守に登ったジェーンズは「巨大な中世の武器庫である」
と書き残しています。
小天守は大天守成立後に増築されたもので、景観を考慮し西にずらして建てられています。
外観2層内部4階地下1階で、内部は居住を意識した造りになっており、地下には井戸も掘られ最悪の場合天守のみ
での籠城(ろうじょう)も可能な構造になっています。
大小天守とも最上階の望楼は建物の中に設けられており、これは慶長時代の特色であると言われています。
現在の天守閣は昭和35年(1960年)に、総工費1億8,000万円をかけて、鉄筋コンクリートで外観復元されたものです。復元にあたっては多くの市民が協力し、中でも松崎吉次郎(まつざききちじろう)翁からは5,000万円という
巨額の寄付がなされました。
天守閣内部は熊本博物館分館となっており、1階は加藤家時代、2階は細川家時代、3階は西南戦争関連の資料を
展示しています。
また最上階は展望所となっており、熊本市内はもとより遠く阿蘇(あそ)の山並みを見ることもできます。


大天守からの眺め
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西の方角

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城内には閉門の案内が流れています~

本丸御殿へ
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加藤清正公によって創建され、行政の場、生活空間として利用された「熊本城本丸御殿」は
明治10年の西南戦争で焼失。
平成15年の秋から始まった「本丸御殿大広間」の建築工事は、江戸時代から残る絵図や文献
古写真、発掘調査を基に進められてきました。大広間(対面所)、数寄屋(茶室)、大台所等
復元工事も着々と進み、平成20年春の落成を迎え、本丸御殿創建時の様相を取り戻しました。(HPより)

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天井は「折上格天井」になっており、、四季折々の草花が丹念に描かれています。
江戸後期の画家、杉谷行直(1790-1845年)が描いた「御城内照君之御間合天井図」
という史料が残っており、それを参考に復元されたそうです。

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昭君之間(しょうくんのま)
本丸御殿の中で最も格式の高い部屋で、慶長期の特色である鉤上段(かぎじょうだん)を設け
室内は床の間や違棚、付書院などを持つ書院造りとなっています。
壁や襖などには中国の前漢の時代の話で、匈奴(現在のモンゴル)に嫁がされた悲劇の美女
王昭君の物語が描かれています。

もっとたくさん見所はあったのですが、今回はここまで
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でも、この美しい姿をしたお城を見れただけでも行った甲斐がありました!

閉門の時間なんですが、走って向かったのは・・・
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ニ様の石垣
熊本城の見事な石垣の中、ここでは加藤と細川時代の異なった様式の石垣が見られます。
右側の石垣の方が古い石積みの方法で、隅に同じ大きさの石を積み上げる「穴太積(あのうづみ)」
と呼ばれているもの。
左側の石垣は「算木積(さんぎづみ)」と呼ばれるもので、長方形の角石を左右交互に積んでおり
勾配が急なことが特徴です。(HPより)

急いで頬当御門に戻り熊本城をあとにしました。

つづく











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こんばんは。

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「ゆっくり眺め、写真を撮り、説明を読む」これが理想ですが
まったく時間が足りません・・・
急がなきゃ~

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でもね、綺麗な熊本城とこの青空を見上げると 

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ついつい足が止まってしまうんですよね~

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この角度からも良いですね~
いかんいかん、先へ進みます!
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闇り通路(くらがりつうろ)
本丸御殿は2つの石垣を跨ぐように建てられたため、地下通路を有する特異な構造となっています。
御殿への正式な入口であり、 「闇り通路」と呼ばれています。
このような地下通路を持つ御殿建築は全国にもあまり例がありません。 (HPより)

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閉門まで、あと30分

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夕陽に輝く熊本城! って見とれている場合ではありません・・・

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まずは小天守へ

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先に登った宇土櫓と金峰山などの山並みが綺麗に見えます!

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反対側は熊本の市街地が見渡せます!

展示物も少しだけ~
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昭和35年に天守閣とともに製作された鯱。
左は大天守閣用で高さ155cm、右は小天守閣用で高さ130cm。

つづく












こんばんは。

今回の旅行のメインとなる
熊本城へいよいよ入城します!

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頬当御門改札

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大人 500円 子供(小・中学生) 200円
閉門は5時、すでに3時をまわっているので急ぎましょう!

順路を進むと・・・
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ド~ン!と 熊本城
日本三名城のひとつ熊本城は、名将加藤清正(かとうきよまさ)が幾多の実戦の経験を生かし
慶長6年(1601年)から7年の歳月と、心血を注いで築城したものです。
大小天守閣をはじめ、櫓(やぐら)49、櫓門18、城門29を数え、城郭の広さは約98ha(東京ドーム21個分)
周囲約5.3kmにも及ぶ豪壮雄大な構えで、清正流石垣と呼ばれる優美な石垣と、自然の地形を巧みに利用した
高度な築城技術で知られています。
加藤家2代、細川家11代の居城として続いた後、明治になり廃城となりました。
西南戦争では薩摩の大軍を迎えて、50余日の籠城に耐え、不落の名城として真価を発揮しましたが、総攻撃の3日前
原因不明の火事により天守閣や本丸御殿(ほんまるごてん)など主要な建物を焼失してしまいました。
焼失を免れた宇土櫓(うとやぐら)など13棟の建造物が国の重要文化財に指定されています。
なお、現在の天守閣は昭和35年(1960年)に、1市民の5,000万円もの浄財を基に、約1億8,000万円をかけて
鉄筋コンクリート造で外観復元されたものです。    (熊本城HPより)

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綺麗なお城ですね~
そして立派です!

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祝日だったので多くの方が拝観に来られていました!

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大天守

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小天守にいるのは息子と妻!?(笑)
この後、妻からメールが「そんなにゆっくり眺めていたら、すぐ閉門の時間になるよ~」
時計を見ると4時を過ぎていました・・・

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先に宇土櫓へ
本丸の西北隅、20mの高石垣の上に建つ3層5階地下1階、地上約19mの櫓で、天守並みの構造と
大きさを誇ります。
熊本城には天守とは別に、この規模の五階櫓(ごかいやぐら)が明治初年まで5棟(築城当時は6棟)
存在しました。
宇土櫓の名前の由来は宇土(うと)の小西行長(こにしゆきなが)が関ヶ原で滅んだ後、小西の家臣の
一部を清正が召し抱えて宇土小路(うとこうじ)として現在に名前を残します京町(きょうまち)に住まわせ
櫓をこの一団に管理させたことから、こう呼ばれたのではないかと言われています。
かつては宇土城天守閣を移築したとの説がありましたが、平成元年の解体修理の際にその痕跡が見つからなかった
ので、現在は否定されています。
宇土櫓の屋根には鯱が乗り、大小天守閣と並んで三の天守と呼ばれることもありますが、この鯱(しゃち)は
旧来からあったものではなく、昭和2年(1927年)に陸軍が解体修理した際に城内に保管してあった鯱を
取り付けたものです。
この鯱は青銅製で高96cm、重さ約60kgあります。ちなみに、鯱(しゃち)は阿(あ)と吽(うん)の2体で1対です。
<阿(あ)は雄のこと、吽(うん)は雌のこと。>
国指定の重要文化財ですが、現在は内部を一般公開しています。

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急な階段を登って行きます!
彦根城ほど過激ではなかったですが・・・(笑)

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最上階からの眺め、西の方角を望む

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反対側からは天守が望めます!

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登ったということは、降りないといけませんね~
手摺をもち、ゆっくりと降りました!

西南戦争での戦火をくぐり抜け、加藤清正公が熊本城を築城した当時から
平成の現在まで残っている唯一の多層櫓がこの宇土櫓だそうです!
熊本城一番の見所は、この宇土櫓なのかもしれませんね~

つづく















こんばんは。

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熊本駅に荷物を預けて

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市電に乗り熊本城へ向かいます!

花畑町電停で降り、少し歩くと
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加藤清正公の像が見えてきました~

また少し歩くと
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桜の馬場 城彩苑 があります!

お昼ご飯は
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ビュッフェレストラン・ぎんなん さんへ

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農産県くまもとならではの食材をふんだんに使用した「地産地消ビュッフェレストラン」

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創作料理や郷土色溢れるメニューからスウィーツまで、約40種類のお料理が並んでいます!

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どれにしようか迷います・・・

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味付けが濃くなくて、ホント美味しかったです~
辛子蓮根の天ぷらは絶品でした!

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熊本ラーメン
息子は何度もおかわりしてました!(笑)

特筆すべきは、デザートです
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どうですか~?
ランチブッフェでこれだけのデザートが用意されているのは初めてです!

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抹茶のムース
くまモン柄のチョコに惹かれます~

最後に
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ソフトクリームと

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コーヒーで〆て、もうお腹いっぱいです・・・
御馳走さまでした!
家族3人大満足です!!

ぎんなんさんのランチブッフェ90分 土日祝は大人・1780円(平日 1500円)
とってもお値打ちで、超々お薦めです!
京都や近県にあるのなら、また行きたいぐらいです
ぎんなんさん京都支店作らはりませんか~・・・

満腹になり、お土産探し~
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くまもと酒造 さんへ

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スタッフさんの分かりやすい説明により
姉へのお土産の「ワイン」を買うことができました~

城彩苑をもう少し楽しみたかったのですが
時間がないので、お城へ向かいます!

城彩苑から無料のシャトルバスで送ってもらい
熊本城の頬当御門(天守閣正面入口)へ

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いよいよ今回の旅のメイン、いざ 熊本城

つづく





こんばんは。

鉄道神社から急いで
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博多駅の新幹線乗り場へ

ホームへ上がると
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私たちが乗る、800系つばめが入線していました!
恰好良い~

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九州新幹線 800系 つばめ
初めて見ました~、そして初めて乗りました~
息子は何度も見て、乗るのは3回目だそうですが・・・

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私たちが乗った車両はこんな感じでした~

新幹線の座席は普通、2人掛けと3人掛けですが、つばめは2人掛けと2人掛け
座席が広く、と~っても得した気分です

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デッキの洗面室にかかっていたのは、八代い草の「縄のれん」

前の車両は・・・
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オレンジ系の座席でした!

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木製ブラインドも良い感じです~
色々なところに木が使われていて、温もりのようなものを感じます!

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聞いてはいましたが、金箔の壁 には驚きました

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快適なので、もうちょっと乗っていたかった「800系つばめ」ですが
約50分で、熊本駅に到着!

改札をぬけると
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くまモン がお出迎え~

つづく



こんばんは。

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崇福寺の最寄駅、千代県庁駅から

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地下鉄に乗って2駅

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ホテルの最寄り駅「中州川端駅」に到着!

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ホテルリソル博多 へ戻って来ました!

息子・妻と朝食へ
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朝食会場は1階の イタリア式食堂 イル・キャンティ博多店 さんです

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真っ赤な店内
イタリア料理店らしいといえば、らしいのですが、朝食会場としては・・・

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お料理はとっても美味しかったです!

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朝はパン派の私ですが、せっかくなので明太子を頂きました!
かなりパンチのある明太子でしたが、美味しかったです~

チェックアウトして
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100円バスで、博多駅へ

妻はお土産を買いに・・・
私は息子のお供で、アミュプラザ博多

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8階にある、ポポンデッタ博多店 さん

家から持って行った車両を
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1時間だけ走らせました~

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せっかく博多での走行なのに、息子が持ち込んだ車両は、何故か関東の電車ばかり・・・

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やっぱり、ちょっと変な奴ですね~ (笑)

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ま~1時間楽しそうだったので、良かったのですが!

ジオラマには
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これから向かう、熊本城の姿もありました!!

1時間の走行なんて「あっ」という間に終わり、屋上へ
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屋上には、鉄道神社があります!
表参道を通ってお詣りします

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縁結び七福童子と鉄道神社

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鉄道神社
旅の安全を祈願します。
鳥居は星門、福門、夢門、鉄道神社の順。
星門で魔を払い厄をよけ、福門で福を招き、夢門で良縁を結びます。
真面目に手を合わせる息子 何をお願いしたのでしょうね~・・・?

つづく









こんばんは。

崇福寺
臨済宗大徳寺派、山号は横岳山。
仁治元年(1240)湛慧が大宰府横岳に創建した。
翌年、宋から帰国した聖一国師(円爾弁円)が招かれ、開堂説法を行なった。
文永9年(1272)に大応国師(南浦紹明)が入寺し開山。
その後多くの高僧を輩出し、慶長5年(1600)、初代福岡藩主・黒田長政により現在地に移転され
黒田家の菩提寺として庇護を受けた。
墓所には嶋井宗室などの墓もある。

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山門
見たかった山門ですが、まず門の大きさに驚かされました~
旧福岡城の表御門を、大正7年陸軍により払い下げられ移築。
切妻造、本瓦葺の二階建てで、左側に潜戸があるため、扉は中央よりやや右側に設けられている
これも福岡城本丸の表門として使用されていた面影。
県指定文化財の建造物

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「西都法窟 敕賜萬年崇福禅寺」の石碑

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「臨済宗大徳寺派専門道場」の銘板が掲げられていました!

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山門の前には「頭山満先生之墓所」の石碑もありました。
頭山満先生とは?旧福岡藩士によって結成された政治団体「玄洋社」の総帥だった御方
こちらに墓所があるんですね~

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黒田家の家紋なのかな~?
「藤巴」でしたっけ・・・?

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鯱鉾

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扁額には「西都法窟」の文字
湛慧(たんね)が上京して朝廷指定の官寺として認められたときに得た号だそうです。

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本堂へと続く門と奥に衆香國という建物が見えます
ここから先は入ることができませんでした・・・

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唐門
旧名島城の遺構であると伝えられている
桃山時代の作柄そのままではなく、江戸時代初期に改築されたものと推定され
市内に残る最古の唐門、県指定文化財の建造物である。

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地蔵堂(旭地蔵尊) 
開祖、随乗坊湛慧が横穴を掘って隠棲しそのまま座位の姿で息絶えたとされる地に
石塔が立てられ、のちに地蔵が祀られました。
崇福寺が現在の地に移転した際に地蔵も共に移され、お百度参りの地として崇敬を集めています。
私が訪れた時も、お百度参りされている人の姿がありました。

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千手観世音菩薩

山門前にある
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吾妻屋饅頭店 さんで
出来たての「やぶれ饅頭」をいただきました~
昔ながらの手作りのようです、1個 90円という良心価格に感謝!

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黒田家の墓所へは行けませんでしたが
山門はゆっくり見ることが出来たので満足です!
もう一度、山門を眺め崇福寺をあとにしました・・・

つづく







こんばんは。

レンタカーを返し
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夕食を食べ終わったのが9時半頃

まだホテルに帰るのはモッタイナイ!?ということで
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ヨドバシカメラ さんへ少し寄りました!
息子の必殺技「せっかくやしお土産買わないと~!」攻撃を受けてしまいました・・・

10時を過ぎ、バスでホテルへ
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2泊目の宿は、地下鉄・中洲川端駅から徒歩1分の
ホテルリソル博多 さんです!

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2011年秋にオープンされた新しいホテルなので綺麗です!

最上階の14階に展望大浴場・中洲 山笠の湯 があり
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その下のフロア、13階がフロントになってます

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604号室

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広さも十分ですね~、加湿器もあって親切です

1日の疲れを癒すため
無題5
さっそく最上階の大浴場へ  (画像はHPより)

明日も新幹線の時間ギリギリまで動き回るために
大浴場から戻って早く寝ました

おはようございます!
私だけ6時半に起き、準備を整え出発です

地下鉄に乗るため、明治通りに出たら
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ラーメンの 一蘭 さんの電気が煌々と点いて営業されていました
お客さんの姿も多く、さすが地元ですね~
1度も食べたことがないので、食べたいな~とは思いましたが
寝起きの朝6時50分にラーメンは、ちょっとキツイですよね~

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地下鉄・中州川端駅から

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箱崎線で2駅

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千代県庁口駅下車
あすも様 先日はアドバイスして頂き、ありがとうございました
        お陰様で立派な山門を見てくることができました!

さすが、黒田家の菩提寺・崇福寺の最寄駅
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黒田官兵衛ゆかりの地を紹介する大きなパネルがありました!

もちろん、これから向かう
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崇福寺も紹介されていました!

階段を上がると、案内板が目に入りました
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ご親切にありがとうございます、助かります!

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福岡藩主黒田家の菩提寺で臨済宗大徳寺派・崇福寺に到着しました!

つづく


こんばんは。

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三つの橋を渡って御本殿に向かいます。

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手水舎
霊峰宝満山より切り出された巨大な一枚岩で作られています。

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楼門
御本殿側と、太鼓橋側で形状の異なる珍しい楼門です
現在の門は大正3年(1914年)に再建されたものです。

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御本殿
道真公の御墓所に延喜5年(905)8月19日、門弟の味酒安行(うまさけやすゆき)が
祠廟(しびょう)を建て、同19年(919)、左大臣 藤原仲平が醍醐天皇の勅命を受けて
御社殿を造営しました。
その後、兵火などにより数度焼失しましたが、筑前国主 小早川隆景が5カ月かけて造営し
天正19年(1591)に竣工したのが現在の御本殿です。
五間社流造(ごけんしゃながれつくり)で檜皮葺の屋根を備え、築400年以上経過した
現在でも桃山時代の豪壮華麗な様式を見事に伝えています。
国の重要文化財に指定されています。     (HPより)

真っ暗な画像ばかりで申し訳ございません・・・

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たくさんの参詣者で賑う御本殿
順番を待ち、お詣りできたことへの感謝をお伝えし、見守って頂けるようお願いしてきました。

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向拝

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もっと細部まで見ておけばよかった~と後悔しております・・・
言い訳になりますが、現地では画像よりも、もっと暗かったんです~

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飾金具
派手過ぎず、地味過ぎず、良い感じでしょう!

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御本殿横の白い狛犬
まぁ~るい目をした可愛い狛犬さんは、ナント!大理石でできているそうです

御本殿の中にもう一対の狛犬さんがいらっしゃいました!
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金の玉を咥えた阿形の狛犬さま
金色に輝く大きなその姿は、ほぼライオンでした!

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息子は、学業御守を授与して頂きました

おみくじ大好きな息子
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100円を入れて、開いた口から、くじを1枚選びます

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2番・吉
息子にとっては良いみくじだったと思います

飛梅も絵馬堂も麒麟像も手水舎の神亀も見るのを怠りましたが・・・
お詣りできたことが良かったと考えます!
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駐車場へ戻り、博多のホテルへ向かいました!

ホテルに荷物を預け、レンタカー返却&夕食に
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博多駅へ行きました~

つづく


こんばんは。

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関門橋を後にし

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門司入口から高速にのって、大宰府を目指します!

「高速をおりたら渋滞していますよ~」と聞いてはいましたが
もう夕方やし、大丈夫だろ~と甘く考えていました・・・
まさかここまで混んでいるとは

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駐車場に車を停め、参道へたどり着いたのは5時半を過ぎ
太陽が沈みかけていました~

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名物の梅ヶ枝餅を頬張りながら参道を進みます~
もち米の生地であんを包み、型で焼いた素朴な焼餅なんですが
焼き立てを一口食べると、思わず笑顔になってしまう美味しさでした!

【梅ヶ枝餅の由来】
菅公(菅原道真公)が太宰府の南館(榎社)で不遇な生活を送っておられた折、浄明尼という老女が
公の境遇に同情し、時折餅を持参して、公の無聊(ぶりょう)を慰めたという。
公が薨去(こうきょ)された際、この餅に梅の枝を添えて送ったという故事にならい、梅ヶ枝餅と
称されるようになりました。
この餅に公の霊が通じたか、梅ヶ枝餅を食べると病魔を防ぐ特効があるというので著名となり
今日では皆様に広く親しまれております。

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スタバ 太宰府天満宮表参道店
なんか凄いデザインですね~

参道沿いに大胆な木組みの店舗を発見!と思ったら、スタバでした
大きなマッチ棒を組み合わせたような斬新な店構えで、中に吸い込まれていきそうな気もするし
柱がこちらに飛んできそうな迫力もあるし・・・
ラテが飲みたかったのですが、店内には行列が出来ていたので
潔く諦めました~

息子は、行ったら絶対に買う!と決めていた
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太宰府なめこ を購入

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一の鳥居に着く頃には、お月さんが姿を現していました

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御神牛
道真公が59歳の春に亡くなられた時
お亡骸を乗せた牛車が 都府楼の北東(うしとら)の方向へ向かって進んでいたところ
まもなくその牛が動かなくなり、それを道真公の御心によるものだとして
牛車の止まったところ、当時の四堂のほとり、御遺骸を葬ったそうです。
人々は道真公を慕い、お墓の上にお社を建てました。
これが現在の大宰府天満宮の始まりだそうです。
道真公は、後に太政大臣に復され「天神様」として崇められるようになりました。

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神牛は「なで牛」とも呼ばれ、頭を撫でると知恵がつくといわれています。
多くの参詣者に撫でられてピカピカです

来年に受験を控える息子が暴挙にでました・・・
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なんとか知恵が欲しい息子は、撫でる程度では足りないので
大変失礼ながら直接、頭でお願いしておりました!

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暗くなった境内を進みます

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心字池に浮かぶ 太鼓橋・平橋・太鼓橋
この3つの橋は、仏教思想の過去・現在・未来という三世一念を
表現しているそうです。
この橋を渡ると、心身ともに清められるといわれています。

つづく